男女の責任。

 大人としての責任ってのは重いものである。
男女の責任ってのはそれに比べると幾分軽いのではないかと思う。
【大人の責任=一般社会に対する責任を含める】
【男女の責任=当事者間の責任】
ってな感じに。
 なぜ突然こんなことを言い出したかと言うと、ある先輩の事を思い出したからだ。
そして、私自身が出産を控え母親になろうとしているからこそ、先輩のバカらしさ加減が身に染みて分かるようになったからだ。


■A先輩
 今からさかのぼること約10年前。
当時大学生だった私は、新潟県中越地震ボランティアに赴くことに決めた。
学内の20人近くが有志で参加したのだが、その中にバカ先輩(A先輩)もいた。

A先輩はバスケ部の主将で、アメリカ映画で例えれば、スクールカースト上位あたりにいる人間だった。
ただし田舎者コンプレックスがあり、似非リア充であった。
私は当時、見た目が派手でナマイキな生徒であったため、よくA先輩に目をつけられて、妬み混じりのイジリをされていた。
そんなわけで普段から彼の印象は良くなかった。


■異変
 さて、被災地入りをして1日目の夜。
作業で疲れ切って体育館で眠ろうとしていたら、なんだかA先輩のあたりがざわついている。不穏な雰囲気のざわつきというか。
嫌いな奴とはいえ、困った時はお互い様ということで駆け寄って様子を見に行った。

A先輩は寝袋の上に座りこんで、顔面蒼白でまばたきもせず目を見開いて汗だくで震えていた。
ああ、パニックだ。
私はA先輩の背中に手を回して、ゆっくりしっかり呼吸をするように促した。

「男性って環境変化に意外と弱い人もいるのよね、きっと彼もそうなんだ、かわいそうに」
「最悪このまま収まらないなら、こっそり持ってきた安定剤でも飲ませちゃおうかしら」
なんて心配していたら、医務室から医者が来てくれてことなきを得た。

結果、A先輩は被災地で1日しか活動できずに強制送還された。


■事の真相
 A先輩をボランティアセンターから送り出した。
嫌な奴とは言え、精神的にやられちゃうなんて本当に不憫だわなんて嘆いていたら、違う先輩が苦い表情で話しかけてきた。
『アイツのこと心配してくれてありがとう。でも本当は違う理由なんだ。隠しててごめん。』

 A先輩がああなったのは【デキちゃった】からだそうで。
私はひとしきり驚いて呆れた。
あの自慢のカワイイ彼女がデキちゃったんならまずは帰れよと。
そして、一人でパニックになってる場合じゃなくて彼女のことも気遣ったれよと。
今までアホっぽいことで有名なA先輩だったけど、まさかここまでとは…。

あいつ一体ここまで何をしに来たんだ?とメンバーの中から疑問の声が上がったものの、スクールカースト上位の彼を大っぴらに批判することは許される雰囲気ではなかった。
スクールカーストって怖いね。)

結果、A先輩達は堕胎という選択をし、二人は別れた。


■その後のA先輩の学生生活
 デキちゃったA先輩の元カノは1学年上だった。
元カノが卒業するまで、極力出くわさないようにコソコソ学校に通うA先輩は滑稽でちょっぴり不憫だった。
でも、そんな風に思った私がバカだった。

1学年上の元カノが卒業したタイミングで、同じ部活のマネージャーの女のコと付き合い始めたからだ。
彼のビッグマウスがまた復活し、騒いで遊んで…。
あの静かな期間は表面上の反省ポーズだったのではないかと思う。

極め付きなことに、A先輩はア●ウェイにはまった。
卒業時にはすっかり友人も無くして、「金持ちになるために頑張っている俺」に酔い続け、そっと大学を卒業していった。


■そして…
 落ちに落ちたA先輩はどうしているのだろう?
ふと思い出した私は某SNSで彼を発見する。
まーだア●ウェイにぶら下がっていた。
それどころか、自己啓発セミナーに大金を支払っている様子。
 A先輩のビジネスの師匠の高級車の目の前で撮った写真もUPされていた。
「いつか俺も高級車買うぞ!」なんてコメントだったけど、それ、あなたが支払った上納金で買った高級車だと思うよ…
彼は何一つ変わっていないことを確認して、そっとブラウザを閉じた。

 しかし、数年後、また違うSNSで彼に遭遇することになる。
ア●ウェイは辞めたみたいだけど、美容関係のマルチをしているんだそうだ。
俺は高級車を持って、高級時計を買うぞ!なんて中身の無い目標を掲げていた彼だけど、軽自動車の中でキメ顔した写メが悲壮感を煽る。

 そして、私を驚愕させたのはとんでもない事実であった。
30歳手前にして、またもや【デキちゃって】いたのだ!!
ドタバタで入籍。

学生の頃に元カノを傷つけてしまったのに何一つ反省していなかったってことだよな…。
今回はちゃんとデキ婚したみたいだけど、今の奥さんはきっと過去に何があったか知らないんだろうな…。
堕胎をさせてしまった過去があるのに、また同じことを繰り返す神経が分からない。


■責任
 学生の頃にA先輩は男女間で失敗をして悲しい結末を迎えたわけだけど、一応お金は出した。
元カノの前で反省のポーズだけはしていたので、男女間の(彼女への)責任を果たしたとも言える。
しかし、その後も学内で傍若無人に振舞ったり、マルチで友人に迷惑をかけたり、大人としての責任は果たしたと言えるのだろうか。
30歳手前にして同じことを繰り返して、デキ婚をしたものの、今回ばかりは大人の責任を果たしたと彼は思っているのだろうか。
彼の言動を見る限り、贖罪のしの字も見当たらない。
どうしても彼の考えていることが理解ができない。

 堕胎の賛否はいろんなケースや環境もあるし、私個人は堕胎を肯定も否定もしない。
だけど、事実、堕胎で失った命は戻ってこないことを彼には理解していてほしい。
男性側からすると自分に赤ちゃんができたって言われてもピンっとこないかもしれないけど。
命が宿った時点で、母親とも父親とも違う、一人の人間の独立した心臓が鼓動し始める。
自分とは違う人間が体の中にいる。
それだけで母親は事の重大さを感じるものだけど、男性には実感しにくいだろう。
男性が赤ちゃんをしっかり認識できるのは、超音波で16週目ぐらいの赤ちゃんを見たり、手で胎動を感じたりっていう時じゃないかなあ。
だから、事の重大さを認識しづらいとは思う。
だけど想像力を働かせて考えてほしい。

 堕胎によって、自分と彼女の将来を守ったつもりでいるかもしれないし、実際守れたのかもしれない。
だけど、そこには自分の意思とは関係なく絶たれた命がある。
その小さな命の犠牲の上に、今の人生はあるのではないだろうか。
それを重く受け止め、しっかり地に足をつけて人生を生きていくのが贖罪なのではないだろうか。
それこそが大人の責任なのではないだろうか。

FBにて閲覧制限もかけず、アホ写メを晒しているA先輩の鼻の穴を眺めながら、しみじみとそう思うのである。